目を覚ますと、窓から差し込む光が、明るくなっていることに気が付きました。
壁の中を流れる樹液は、夜のあいだよりも淡い色になっていて、木肌の表面を、やわらかく照らしています。
ごぽ……
ごぽ……
低く流れる音は、相変わらず静かに続いていました。
けれど、昨日の夜に聞いていたときよりも、どこか軽やかです。
明るい窓の外を見ると、橋を歩くいきものたちの姿が見えました。
吊るされたランプの灯りは少なくなり、その代わり、街全体がぼんやり明るくなっています。
しばらく窓辺で街を眺めていると、宿の扉の向こうから、小さな足音が聞こえてきました。
昨日の、あのふわふわしたいきものです。
「おはよう、起きていたんだね」
「これから、昼時間がはじまるよ」
「上のほうへ行くなら、今の時間がきれいなんだ」
「もしよかったら、案内するよ」
そう言いながら、そのいきものは、細い枝を編んだ小さな籠を渡してくれました。
中には、丸い木の実のようなものが入っています。
朝ごはんでしょうか。齧ってみると、ほんのり甘くて、少しだけ樹液の味がしました。
宿を出ると、橋の上には、やわらかな風が流れていました。
木の内側なのに、ちゃんと風が吹いているのが不思議です。
いきものに案内されながら、わたしは、上へ続く階段を登っていきました。
階段は、木肌をそのまま削って作られていて、ときどき太い根が壁から飛び出しています。
その根をくぐったり、細い橋を渡ったりしながら、少しずつ高い場所へ向かいました。
途中には、小さなお店のような場所もありました。
透明な瓶に入った樹液を並べているところ。
枝を編んで作った灯りを吊るしているところ。
橋の途中で、丸いパンみたいなものを焼いているところ。
どの場所からも、あたたかい匂いが流れてきます。
高い場所へ行くにつれて、街全体が少しずつ見えるようになっていきました。
橋は、思っていたよりもずっと複雑に張り巡らされています。
遠くの橋と橋が繋がり、その下を、さらに別の階段が通っていました。
下のほうを見ると、琥珀色の樹液の水路が、ゆっくり流れています。
橋の影が映り込んで、金色に揺れていました。
「下のほうになるにつれて、古くなるんだ」
前を歩いていたいきものが、ふいにそう言いました。
見下ろした先には、もう誰も使っていないような古い階段や橋が、ぼんやりと見えました。
さらに階段を登っていくと、急に視界が開けました。
思わず、立ち止まってしまいます。
それまで近くしか見えていなかった橋や階段が、ずっと遠くまで続いているのが見えたんです。
上にも、下にも、枝のあいだにも、数えきれないほどの橋と灯りが広がっていました。
どうやらこの街は、わたしが思っていたより、ずっと大きいみたいです。
上のほうへ視線を向けると、巨大な空洞の内側が、やわらかな金色の光で満たされています。
枝のあいだを渡る橋や、高い場所の窓の灯りが、木漏れ日みたいに重なって見えます。
どこかに空があるわけではないのに、光はちゃんと朝を連れてきて、暗さは静かに夜を運んでくるようでした。
高い橋の上では、いきものたちが活発に行き交っていました。
風に揺れる灯り。
橋を渡る小さな足音。
遠くで流れる樹液の音。
その全部が混ざり合って、この巨大な木そのものが、ゆっくり呼吸しているみたいでした。

※この記事はフィクションです。実在の場所・団体とは関係ありません。