こんにちは、兎田よもぎです。
どこでもないけれど、どこかにありそうな世界を旅するものです。
先日到着したセティアの街を散策していたところ、丸みを帯びた建物のあいだから、やわらかい光が漏れているのが見えました。
そこには小さなカフェがあり、扉を開けると、木の香りと、あたたかい空気が、ふわりと流れてきました。
外の冷たさが、ゆっくりとあたたかさに塗り替えられていくのがわかります。
カウンターの上には、ささやかな軽食が並んでいました。
湯気を立てるそれを前にすると、手足の先まで、あたたかさが戻ってくる感じがします。

セティアでは、夜になるほど輪郭がやわらぎ、もの同士が混ざりやすくなるのだそうです。
今はまだ太陽が真上を少し通り過ぎたくらいの時間。
この時間は、ものの形がちゃんと保たれているように感じました。
カフェの中も、椅子は椅子で、テーブルはテーブルで、それぞれが、自分の場所にありました。
「長くいるとね、満ち足りてしまうんです」と、カフェで出会ったいきものが言っていました。
この街にいる理由を、探さなくなってしまうほどに。
年に何度か、街も輪郭も、完全に混ざる夜が訪れるそうです。
理由を持たずにいると、街と同じ色になって、同じ輪郭になって、
いつの間にか、ここにいたことさえ、わからなくなってしまうのだそう。
今は、カフェの中で、湯気を眺めながら、まだ安心していられる時間です。
カップの縁に触れると、あたたかさが、ちゃんと伝わってきました。
これは、わたしがここに来た理由のひとつだと、思いました。

窓の外では、雪の残る街が、静かに呼吸しています。
夜になれば、また輪郭はやわらいでいくのでしょう。
それでも、こうして、ひとつひとつ確かめるように過ごしていれば、混ざらずに、また朝を迎えられる気がしました。
今日は、このカフェの記憶を持って、宿に戻ろうと思います。
まだまだこのセティアの街を楽しまないといけません。
そう覚悟を持って、わたしは、一歩踏み出しました。
※この記事はフィクションです。実在の場所・団体とは関係ありません。